2018年06月17日

汝の対象を愛せよ

 多方面で多方面な話題を提供している映画『万引き家族』であるが自分はまだこの映画を鑑賞していない。が、この映画のタイトルならびに粗筋を聞き及ぶにつけ、自分の脳裏に想起されるのは植木等氏が主演した『喜劇・泥棒大家族 天下を盗る』であり、自分はこれをおよそ八九年前、したまちコメディ映画祭で観たのだが、いやはや、大変に面白い映画で、そう銘打ってはいないものの完全なる正調クレージー映画のノリで、できたらもう一度観たいとずっと念願しているのだが、権利関係がどうとかこうとかでソフト化されることがなく一向に叶わない。
 映画の後半、それまで跛引き引き漸う歩いていた植木等氏演ずる主役の男が突如として真の姿を現し、無責任男としか表現のしようがない活躍ぶりを見せるところなどまさに大喝采もの。基本的には群像劇なのだが、そのあたりの面白さも抜群で、いやあまじで観たい。なんとか権利関係をクリアしてディスクでも配信でもいいから観られるようにしてもらえませんかね、というお話し。

 閑話休題

 齢を重ねてくると記憶がたくさん出来てくるからどうしても現在の事象に対してすぐに関連するような・似ているような過去の記憶を引っ張り出すことが先に来るようになってしまう。記憶の中に生きる時間がだんだん増えて来る。

 閑話休題

 しかしあれだね、Twitterなんかであらゆる事象に対して自分の主張、右掛かっていたり左掛かっていたり、そういう主張を投げつけてくる人を見ていると、もはや大喜利だよなあ、という気がしてくる。手前ェの主義主張を表明する/押し付ける為にあらゆる事象・話題を利用する輩が多くて、なんだか暗澹たる気持ちになる。ほんと、あの手の連中を見ていると、どこまでの話題ならば自らの主義主張に結びつけることができるか、という大喜利をやってるように見えるン。

 閑話休題

 過日『タモリ倶楽部』を観ていたら信号機マニアの若者が登場していた。番組の中でその彼は、信号機に対する愛情に満ちた個人サイトを運営していると紹介されていた。
 そうなんだよなあ、インターネットの醍醐味の一つってそういうことなんだよなあ。商業ベース、とてもマスコミには乗ることがない個人の異常な趣味(同好の士がほぼいないような!)、みたようなものが観られること、これが面白かったんだよな、と思った。行き場のなかった対象愛の迸り、というかね。
 嘗て、ダイヤルアップでインターネットに接続していた頃、私なぞもそういうサイトをずいぶん観ていたっけ。一九〇〇年代前半のクラシック映画をぐんぐんに紹介しているサイトだとか、昭和のプロレスについてぐんぐんに紹介しているサイトだとかね。中でも、プロ野球関連のサイトで、東京スタヂアム時代の東京オリオンズから、現在の千葉ロッテマリーンズに到るまでの変遷を貴重な資料と共に紹介しているサイトなどは、深夜に観ていた時に、その純真さに感極まり覚えず落涙したこともあった。まじで。
 あの時代がもう戻ってこないことは充分承知しているが、それだけにひどく懐かしい。あれからまだ二十年も経たぬというのに。

 閑話休題

 あの頃はここまでインターネットが人々の自己愛で満たされるようになるとは夢にも思わなかったよ。まあそう云っている自分もこうして自己愛を放出しているのだから同じ穴のムッジーナだけど。

 閑話休題

 ではそんなことでお後がよろしいようで。ああそうそう、先日、有楽町は朝日ホールで開催された五代・桂三木助襲名披露口上を観てきたけれども、いやあ、新・三木助師はいいねぇ。まだ三十半ばだから重厚感というか貫禄はないけれども、なんというか、芯のところが頑丈な感じがして、東京の落語を存分に聴いた気分になる。自分は当然、当代の祖父にあたる三代目・三木助はリアルタイムでは知らず、テープでしか聴いた事がないけれど、不図したときの声音や口調がやはり似ているように感ずる。当夜演じた談志家元に教わったという『五貫裁き』も良い意味で小ざっぱりとしていてまことに程が良かった。これは落語家に限らないけれども、登り坂にある人を観るのは楽しいネ。

 閑話休題

 僕のホームページもよろしく。さてさて自己愛が強いのでしょうかどうでしょうか。
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2018年06月15日

御礼旁々ご挨拶まで

 そういうわけで一年半以上ぶりに、自分のホームページに作品をアップすることができて私はいま、結構安堵しています。私ごとで恐縮ですが、この三年くらいちょっと大変な状況が続き、ああこれはもう愈々、みやかけおをやってる場合じゃないかなあ、と悲観しておったのですが、やはり時間の経過とは偉大なもので、大変な状況も次第に落ち着き、どうにかこうにか、みやかけおであることを続けられそうだ、となり、この分であればまあなんとかずっとやって行けそうだと思っておる次第です。
 作品をご覧いただいた皆さま、ツイッターでリツイートやスキをして下すった皆さま、ありがとうございます。亦、ご覧いただいていない皆さまにおかれましては、時間的にはすぐに観終えられる短い作品ですので、ご笑覧いただきますれば幸いに存じます。よろしくどうぞ。

 『thumbs up!!』リンク先、最新作、とあるところからどうぞ。

 閑話休題

 でもやっぱりなかなか難しいのは、昔に比べて体力が落ちているので作るに当たって集中力が続きません。将棋の羽生名人も、集中力を下支えするのは体力と申されておるようですが、実にその通りで、特に、笑いに関してはやはり作るには余計に体力がいるように思います。
 泣かせたりするのははっきり云って簡単なように私なぞは思います。1+1=2をやればいいのですから。ある状況の中に人間を放り込んで、その状況に即した形で人間を動かせばそこそこの話が出来上がるように思います。関係の厚い人が死ねば無論悲しい、そんな当たり前のことを直截に描けばいいのですから。
 翻って笑わせることは、1+1=5をやって観る側を満足させることのように思います。ある状況の中に人間を放り込んで、その状況とは異なる動きをその人間にさせなければなりません。関係の厚い人が死んだのに可笑しいと思わせる部分を見つけ、そこを描こうとするのですから、まじ面倒です。捻りを加えるのですからやはり体力が余計に要ります。
 でもだから作っていて面白い、とも思うので、僭越ながら私なぞも、観てくださる皆さんを、たとい一瞬だけでも笑わせることができたらいいなあ、と、いつも念願しておるのですが、なかなか難しくって思うように行きません。また私の場合はインターネットの体裁にドラマ的なことを入れるという非常に無体なことをやっているので、余計に面倒です。と、自分で自分のやっていることはとても大変なことだ、と誉めそやすことで自分を盛り上げます。すごいぞ俺。偉いぞ俺。天才だ俺。いいぞ俺。って、とほほ。

 閑話休題

 なんと云うか成る程、たいこ持ち・幇間と呼ばれる職業ってやっぱり必要だったんだろうなあ、と思うネ。偉くなればなるほど、人から悪く云われることも多くなるのだろうし、人なんてそんなに自信を持ち続けられるものじゃあないしね。西洋の王様が道化師を傍に置いたのもそういうことなのかもね。そうして褒めてもらったり笑いの中に本音を云ってもらったりすることで、人間的な心のバランスを恢復させるのかもしらんね。

 閑話休題

 あとあれね、昔はインターネットが世間と隔絶されていたから、陽の当たらないところで安心して作品を作って遊んでられたんだけど、いまは世の中と陸続きになってしまっているから、本当に笑いを作って世の中を渡っている人と同じ光がこちらにも射し込んできちゃう。結果、所詮俺なんて……的な感じになっちゃうからまじ嫌。
 仮に自分がいまの時代の若者だったら、作品を作って人前に晒すなんてこと絶対にできなかっただろうなあ。まあ、つまりは今の自分の状況が私の限界、というか、ほどの良いところ、ということです。

 閑話休題

 話は変わるが、首相官邸でのぶら下がり会見というのか、あれの仕舞い頃になると、総理大臣が向こうに去って行ったのを見計らって「総理ー! 〇〇が〇〇と言っていますがそれについてはー!」って、答えがもらえるはずの無いタイミングで声をかける記者ってのが決まっているけれども、仮にあの、声をかけるだけの仕事、があったら是非やりたいね。あれはもはや様式美だもの。成田屋! 的な。

 閑話休題

 そういや、成田屋! みたいな大向こうからの掛け声ってのはあれだってね、開国して西洋が入ってくるまで、我が国には観劇などの際に拍手を送る、という習慣がなかったが為に、あの手の掛け声が生まれたのだというね。確か昔WOWOWに入っていた頃に観た歌舞伎の番組でそんなことを聞いた。

 閑話休題

 ではそんなことでお後がよろしいようで。まあ端っからベイスターズが今年優勝できるとは思ってなかったからねぇ。だって去年だって日本シリーズに出たったって、所詮シーズンは三位なんだから。開幕からこれだけ選手が揃わないのによく五割近辺で保っている。今永ウィーランド濱口が開幕に間に合わなくて石田桑原倉本が経験値リセットの状態だもの。そう考えたらよくやってる。それだけ選手層が厚くなってきたんだろう。三年前の状況でこのぐらい選手がいなかったら断然最下位だ。
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2018年06月11日

近頃の養分

 Googleプレイミュージックでももクロちゃんの曲が配信され始めたから、久しぶりにももクロちゃんの曲をくんくんに聴いているがやっぱりいいねぇ楽しいねぇ。
 現在、アイドルとしてのももクロちゃんが登るべき坂はすべて登ったように見えるけれども、なんつーか、もうこのままの感じでいつまでもいてくれるといいと思う。メンバーがみんな結婚して小供を産んだりするようになってもずっとももクロちゃんでいればいいと思う。そうしていつまでも楽しくしてくれたらいいと思う。時代に動かされない定番になってくれたらいいと思う。

 閑話休題

 Amazonビデオでレンタルした『グレイテスト・ショーマン』を観た。まあ面白かったがなんというか、フランク・キャプラの映画みたいな、当節としては王道に過ぎるようなストーリーと思った。昨今の映画の中では上映時間が比較的に短かく、それでいて楽曲を沢山入れるから話の展開が素早くなっていて、なんつーか、ミュージカル疲れ、みたいなのに襲われずに観終えられたから良かった。

 閑話休題

 Netflixに入っていたから『セッション』を遅ればせながら観たのだけれど、うーん、大変に面白いことには同意するのだけれど、なんだか、まぐれ当たりみたいな映画だなあ、と思いながら観た。登場人物の全員が袋小路に迷い込んでいるような印象で、どこにも行き当たることができない感、が横溢していて、観ているこちらの状態が悪いときだったら、ぐんぐんに落ち込んでしまうだろうなあと思う。
 でも『ラ・ラ・ランド』を観る限り、やっぱりこの監督のまぐれ当たりな映画なんじゃないのかなあ。

 閑話休題

 Netflixで『13の理由』シーズン2を観た。正直なところシーズン1ほどの衝撃・面白さはなかったが、それでも存分に面白かった。しかしこの手のドラマを見るたびに思うのだが、メリケンの高校生って普段どんな暮らしをしてるんだ、と思う。自動車通学に始まり当たり前のように酒を飲みドラッグだのレイプだのと、まあドラマの上だから誇張されてはいるんだろうが、それにしたってこれに対して視聴者に違和感を抱かせないだけの現実、リアリティを感じさせるだけの現状があるんだろうからね。しかしシーズン3とかどうすんのこれ。ハンナもう出てこないの。

 閑話休題

 あとNetflixでは『ボクらを作ったオモチャたち』というドキュメンタリーが大変に面白かった。ただでさえドキュメンタリーとしての出来がいいところに持ってきて、シーズン2のトランスフォーマーやキティちゃんの回など、日本が大きくフィーチャーされていて大変に親近感を持って観られる。トランスフォーマーの回ではこれを生み出したタカラの人に対する、アメリカ側のリスペクトぶりに覚えず涙腺が緩んだ。
 しかし笑ったのはキティちゃんを紹介する回で、日本における”カワイイ文化”のスターターの役割を担った存在として、松田聖子(『青い珊瑚礁』『夏の扉』『赤いスイートピー』頃の映像が挟まれる)が紹介されたり、更には、瞬間的に”キティちゃん”という文字が映るという理由だけで知る人ぞ知る往年のテレビ番組『3時のおじゃまクイズ』の映像が幾たびも挟まれたりしていて(だから幾たびも番組の司会だった宮尾すすむの姿が出てくる!)、この辺りからも、この番組の熱、みたいなものがよくわかる。

 閑話休題

 Amazonビデオで『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』を特別版のドキュメンタリー共々観た。劇場でも観たから内容的にはまあ初見の時に感じた、内容的にはとても面白いがルーク・スカイウォーカーの取り扱いが兎に角気に入らない、というところと特に変わりはない。
 しかしいちばん面白かったのは、同梱された制作過程を記録したドキュメンタリー映像の序盤にあったマーク・ハミルのインタビューで、氏自身が「この映画で監督が描こうとするルークの姿には全て反対だ。だが映画は監督のものだからその姿の実現のために最大限の努力をする」と云っていることでやっぱりあのルークはダメなんだよ。と改めて思った。自分の心が救われたような思いがした。
 あれがルークの最後だっていうのはやっぱりダメなんだよ。そらまあオビ=ワンもヨーダも、死んだ後も出てきたけど、それだともう物語に深く関われないんだからなあ。

 閑話休題

 ではそんなことでお後がよろしいようで。ようやくではあるけれども、我が国の商業音楽も、サブスクリプションでの提供・販売が優先順位の一番上になったみたいだね。リスナーの立場からすると、知らない音楽に出会える可能性が高いからこっちの方がいい。


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posted by みやかけお at 19:04 | TrackBack(0) | 日記