2018年09月23日

おもしろいことをまじめに

 そういうわけで今日は朝から少しばかり自分のサイトをいじっていた。なに新しい作品をアップしたということではなくて、過去の作品の中でムービー形式で作ったものをyoutubeにアップしたとか、そういう他愛のないことだ。本来ならば嘗てFLASHで作った作品をHTML5形式かなんかに作り変えるのがやるべきことなんだろうが、なにぶん作ったのがもう五〜十五年も前で作り変えるには遅すぎる。旧ガベコレで作った作品などはもう.flaファイルすら散逸してしまったし仮にそれがあったとしても、AdobeのAnimateに課金をしてまで直そうという気力は失われてしまっている。それでもAction Scriptを使っていない作品などでムービー形式に作り変えてあったものも見つかったからそれらのリンクを貼り直すなどした。尻切れとんぼだけどジェントルマンなんかいま観ても結構面白いよ。

 閑話休題

 旧ガベコレで作ったような古い作品については、今となってはどんな素材を使ったのか不明なものがほとんどだ。BGMなどは当時から留意して著作権フリーのものを使用していたのだが、時間が経ったことによりそれら楽曲の著作権管理も変わったのだろうか、youtubeにアップしたとたん、著作権侵害の申し立てが続々寄せられていて少しくびびった。が、youtubeからの通知によれば、楽曲の著作権を持っている皆さんが私の作品の勝手に広告を入れ、その収益を独り占めするからそう思え、ということらしいので、まあそのままにしてある。まあなんとかなるでしょう。今更大層なアクセス数があるとも思えないし。

 http://garbage-coll2.sakura.ne.jp/classics/classics.html

 FLASH形式のものもありますが、わざわざ危険なFLASH再生のプラグインを入れるような無理をしてまで観ないでくださいね。そこまでしてわざわざ観るほどの面白さはありませんから。

 閑話休題

 それにしても今年はいろんな人が亡くなり過ぎだ。『ラジオビバリー昼ズ』を聴いていたら高田文夫先生が「どんな偉い政治家や野球選手が亡くなるより、面白い人が亡くなるのが寂しい。十、笑わせてくれたぶん、十、余計に寂しくなる」と云っていて全くその通りだと思った。面白いのが一番えらい。そう思ってなんとか死ぬまで生きていたいね。

 閑話休題

 まあ月に三百円ぐらいなら払えるだろうと思って任天堂スイッチオンラインに加入したのだが、やはり加入前に想像した通りファミコンのソフトばかりであすんでいてしょうがない。しかし久しぶりに遊んだどのゲームもすっかり下手になっていて我がことながらびっくりする。ベースボールは全然打てないしテニスはサーブもままならない。グラディウスは一面クリアすらおぼつかないし魔界村をあすべばすぐにパンツ一丁だ。それでも楽しくあすんでいる。往時を思い出したりは特にしないが、やっぱりあの頃のゲームはおもしれーや、ひとつの時代が出来上がっていく登り坂にあった頃だからおもしれーや。と思ってくんくんになってあすんでいる。

 閑話休題

 本当に面白いってなんなんだろうなあ。ファミコンのゲームなんて当節のそれに比べたらグラフィックもサウンドも操作性もボリュームも、どれを取ってもショッパイのにつまらないというわけではないんだよなあ。勿論、それらレトロゲームには自分の小供時代の記憶とリンクしているというアドバンテージはあるにせよ、それを割り引いたとしても存分に面白い。
 いまから十年ちょっと前の話だが、当時隣家に住んでいた小学校二年生の男の子にWiiのバーチャルコンソールで初代の『スーパーマリオブラザース』をあすばせたら、他のWiiのゲームよりも熱中してしまいあすびに来るたびにスーマリをせがまれるようになったことがあった。
 ほんと、面白いってなんなんだろうなあ。

 閑話休題

 ではそんなことでお後がよろしいようで。ここんところニュースの類を見ていないので世の中のことがよくわかりません。総理大臣が留任したのは知ってます。新潮社の偉い人がなんか云ってたのも知ってますが何を云ってたのかはよく知りません。まあそんな体たらくですがなんとか笑いながら生きてますよ。結構愉快な暮らしぶりですよ。
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2018年09月07日

物情騒然vs泰然自若

 ぼうとしている間にいろんなことが起きています。軽々しく触れていいことやそうでないこと、様々なことが起きています。思うところは色々あれども、いま自分がなすべきことは普段の通りの生活を営むこと、それ以外にありません。そうして自分のできる範囲で自分のできる事ができたらいいと思っています。

 閑話休題

 私の身内にもいるのだけれども大きな自然災害が起こるたび、それを報じるテレビを熱心に見ながら「大変だ」「気の毒だ」と繰り返し言っているだけの人がいる。じゃあその人、百円でも寄付をするのかといったらそんなことは一切しないでテレビの前で寝転がって屁をこいている。そうして毎日テレビを見て新聞記事を読んで大変だ大変だとあほうのように繰り返している。きっとこの人の脳の中では災害のニュースもテレビドラマも同じテレビの画面の中の出来事でしかないんだろう。ゲーム脳よりもテレビ脳の方が深刻の度合いは深いんじゃないか。

 閑話休題

 ああ気がつけばもう九月。あれほど暑くて嫌だった夏が終わると思うとなぜだか心が寂寞する。もうおっさんなのに。秋になるとどうしたことか僕は決まって中学二年の時のこの頃を思い出す。放課後教室に残りうだうだしていたときの気分を思い出す。けれどもその気分は本当にそのとき感じていた気分なのかどうか、もうお釣りがくるほどのおっさんと成り果てた僕には判断がつかない。いやにはっきりとした夢を見た後の寝覚めの気分のようにも思える。『台風クラブ』でも観直そうか。

 閑話休題

 ってほら、こんな感じでなんかおセンチになっているセプテンバーの僕。すみれセプテンバーラブ。それは一風堂。あああのゴーフルの美味しい。それは風月堂。

 閑話休題

 なんかさあ「吉澤ひとみ容疑者」って表記をいろんなニュースサイトや新聞社が使ってるけど、なんかどの報道メディアも、数ヶ月前に「山口メンバー」としか表記できなかったフラストレーションをここにぶつけてる感じがするなあ。連中、大喜びで「吉澤ひとみ容疑者」って書いてる感じがする。総体的に下品だよどのマスコミも。

 閑話休題

 訳あってGoogle Homeを手に入れたのだけど、うーん、言葉に対する反応や動作のキビキビした感じはGoogle Homeに軍配が上がるんだけど、Amazon Echoの方が反応に人間味が感じられるんだよなあ。Google Homeはお手伝いさんとして有能、Amazon Echoは話し相手になってくれる顔見知り、みたいな感じ。一長一短だけど、時流に乗ってるのは明らかにAmazon Echoの方だわな。Googleはこういうプロダクトというのか、商品を発展させるのあんまり上手じゃないしね。Google+だとかNexusだとか、作ってはほったらかしの数々のメッセンジャー系アプリとかみんな駄目だし。あとSiriはこれだけ遅れちゃうともうスマートスピーカーに行くのは難しいんじゃないのかな。クローバーとコルタナは触ったことがないからわからない。

 閑話休題

 ではそんなことでお後がよろしいようで。Mac miniに27インチのWQHDのディスプレイをつなぐとどうなるんだろうなあ。やっぱり文字とか小さくなっちゃうのかなあ。


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2018年08月29日

一期一会でゴー

 『ちびまる子ちゃん』と云われて思い出すのは、あれはいまから三十年ぐらい前だったか、景山民夫氏が深夜にやっていた対談番組のゲストに来たいとうせいこう氏が、まだアニメになっていない時点でこの漫画を激賞していたことで「ここに描いてあるように子供って色々計算してるんだよね」みたいなことを云っていたのを、そうなんだあ、でも少女漫画の雑誌に連載されているんじゃ手が出ないなあ俺高校生だし、というか、いとうせいこうみたいな人になると少女漫画も読むんだなあ、と思ったのを憶えている。
 人の運命だから死ぬのは悲しいし残念だけど、さくらももこ氏という類稀なる才能を見られたことを良しとするしかないよね。客というのは結局観ることしかできない。だから一生懸命観なくちゃいけないんだと思うよ。

 閑話休題

 それにしても今年は色々な有名人が亡くなる。図抜けて暑いからだろうか。それぞれの人にそれぞれの思い出があるけれど、思うのは、いまの若い人にとってはほとんど意味を為さないことなんだろうなあということ。いくら私が左とん平やマサ斎藤が亡くなったことに衝撃を受けいろんな事を思っていても、それら人々の事をよく知らぬ若い人にとっては、なんか有名だった人が死んだみたいだけど。ぐらいの感情しか起こらんのだろう。
 これは私自身にしてもかつてはそうだったのであり、具体的には、私が小学六年生の時にわが国を代表する名優・志村喬が亡くなったのだがまったくピンとこなかった。なんらの感情も起こらなかった。志村けんのことを連想しただけだった。『男はつらいよ』を観ていなかったし増して小津映画など観ていようはずがない。
 解剖学者の養老孟司氏が「死とは身近な人、自分が知っている人についてのみ死としての意味を為す」みたいなことを云っていたと記憶するけど、ほんと、そんな感じだよなあ。私の知らない人が私の知らないところで死んだところで、そら周囲の人々は大変に悲しいだろうと想像はするけれども、それを思って泣くようなことはないものね。

 閑話休題

 ニンテンドースイッチで『ウルフェンシュタイン2』なるFPSゲームをあすび始めた。恥ずかしながらFPSをあすぶのが産まれて初めてだからまだ要領がよくわからず、とりあえず頭のおかしいナチの連中をマシンガンで撃ち殺せばいいのだろうと思ってじゃんじゃんバリバリ撃ち殺しまくっている。私はゲームが下手だから難易度を最高に易しくしているからいやもうマジでジャンジャンばりばり撃ち殺しまくっている。つってもまだ三時間くらいしかあすんでいないから云うほどでもないんだけど。
 しかしゲームそのものが残虐であることは否めず、やっぱり年端の行かない小供にはあすばさない方がいいよなあ、とは思う。しかしながらあすばせていい年齢というか判断力がついた人であれば別段問題はないとも思う。すべてはユーザーなり買い与える人間なりの責任だ。

 閑話休題

 でもこれ「第二次大戦に勝利してアメリカを占領した」なんていう架空のナチが相手だから平気で撃ち殺すけど、リアルな時代考証がされた中での殺し合いを要求されたとしたら流石にちょっと無理だな。

 閑話休題

 どういう風の吹き回しか知らないが、ニンテンドースイッチは、これまでの任天堂のゲーム機ではあり得なかったようなCEROレートのゲームが発売されていて驚くネ。

 閑話休題

 町田康氏が著した小説『ギケイキA』読了。いやあ相変わらず面白いねぇ。義経は死なずにジンギスカンになった的な伝説を取り入れて、現代まで生きている義経、みたいな設定で物語を語らせているんだろうけど、なんてのかなあ、氏の小説を読んでいていつも感ずる言葉の選択の見事さが、このシリーズではいつも以上に炸裂していてそのリズムに身を委ねるのがとにかく心地よい。義経が都落ちするところまで来たから多分これからますます面白くなるんだろうなあ。

 閑話休題

 Amazonビデオでレンタルした『リメンバーミー』を観た。ピクサー&ディズニーのやり口になど乗るものか、連中の掌の上で踊らされてたまるか、と思って歯を食いしばって観ていたのだが、くそう。結局感激して大泣きして観てしまったじゃないか。すべてを観ているわけではないから迂闊を承知で云うんだけど、ピクサー製のアニメの中で一番いい映画じゃないだろうか。エル・サントってやっぱりメキシコだと説明不要の英雄扱いなのな。

 閑話休題

 ではそんなことでお後がよろしいようで。うーん、やっぱり我がベイスターズにあってラミちゃんの役割はそろそろ終わりのところに来た感じだなあ。もう一年やらせてみたい気もするけど、違う風を入れる頃合いだろうなあ。伸び盛りのはずの選手が一様に頭打ちになっちゃってるし。あるいはコーチ陣の入れ替えかなあ。いまのベイスターズだったら監督コーチをやりたいと思う関係者も多いだろうね。




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posted by みやかけお at 15:54 | TrackBack(0) | 日記