2019年02月06日

世の中の、善と悪とを比べれば、恥ずかしながら悪が勝つ

 気がつけば地球は二月。ぼうとしている間に地球は二月。一月往ぬる二月逃る三月去る。なんてなことが古くから云ってあるが、なるほど確かに年明けから三月くらいまではどどど、という感じで過ぎ去っていく。しかしこうして後世にまで語り継がれるうまい言葉を目に耳にするたびに思うのは、はて、こういううまい言葉を編み出したのは一体誰なんだろう、ということで、あー、いや、違うな。一番興味があるのは、こうした言葉を「これはうまい言葉だ。これは面白い言葉だ。日常会話の中で使ったらさぞやひねりが効いた感じになって面白い人と思われることだろう」と評価・発見をして二番目以降に使い始めた人のこと。
 2ちゃねんる全盛時代からこっち、ちょっと気の利いたフレーズはすぐに拡散・浸透するようになり、時が過ぎてSNS専横時代の当節となるとそれが行き過ぎ、いまやパクリツイートの横行になったりしているわけだけれども、そうした現代の風景から想像するに、こうしたうまい言葉というのは、それを編み出した人よりも、その言葉の面白さに気づいて使い始めた二番目以降の人の方が、より張り切って使用したのじゃないかという気がしてならんね。あらゆる流行というのは一拍遅れてそれに乗っかってくる連中ほど大騒ぎして、あっという間に消費し尽くしてしまうものだからね。伊集院光氏が編み出した「中二病」て言葉などそんな感じに見える。

 閑話休題

 って、あれ、話がなんか違うところに着地しちゃった。まあいいや。いつもアド・リブで書いてるだけだし。それに、かの井上ひさし大人が「文章を書く醍醐味は、書いている間に考えが変わっていくこと」ってなことを書いていたのを読んだ記憶があるし。

 閑話休題

 自分は小供を持ったことがないから感覚としてわからない部分が多いのだけれど、自分の小供を死ぬまで虐待することなんてできるのだろうかねぇ。まあ実際にいるんだから、そういう人がいるんだろうけど、うーん、ちょっと想像がつかない。まして年端も行かない小供だというのに。まあそういう鬼畜めいた人間もいるというのを肝に命じておかなければならんということだ。親は無条件で小供を可愛がるもの、ということで思考停止をしてはいかん時代なんだろう、そういう鬼畜めいた人間が親になることがあるという前提で行政というのか、小供を守るシステムを作らんければならんのだろうなあ、と思う。性善説はいったん脇に置かねばならんのだろうね。

 閑話休題

 報道で聞き及ぶ限り、亡くなった小供さんが書いた、暴力を受けていると訴えるアンケート用紙のコピーを、その父親は、役所の人を恫喝することで取得したという。どうもこの数年、恫喝という暴力的行為をもって相手を屈服させんとする輩が増えたように思う。
 この二十年ほどだろうか、役所や病院などを含めたサービス業全般が、客に対して異様なほど低姿勢で応接するようになったけれども、それと比例するように、サービスを受ける側が、提供する側に対して、恫喝という暴力を用いることで、ひときわ有利な対応をさせようとする困った人、丁寧にされるとすぐにつけ上がる安物の脳味噌を搭載した人が増えたように思う。
 色々と難しいことはあろうけれども、恫喝という暴力を用いる人をすぐに警察にしょっ引けるような決まりを作らないと最早駄目だと思う。恫喝ってのは暴力なんだから。

 閑話休題

 みたいなことをツイッターとかに書くと、いちいちうるせぇのがなんか云ってくるからほんと面倒な世の中。loftの宣伝にいちいちなんか云ってくるうるせぇ感じのめんどくせぇ感じの人の感じ。コミュニケーションを取りやすいツールを手にしたからって無闇矢鱈に使ってんじゃねぇよ。

 閑話休題

 新井浩文容疑者の報道を閲するにつけ、表沙汰にならない性犯罪というのはそれこそ星の数ほどあるのだろうなあ、という気になる。当該事件の容疑者にしても、これまでそれなりの成功体験があったから、同じようなことの一つとしてやったんだろうし。対抗手段としては、被害者のプライバシー等々を厳重に守りつつ、法的手段に楽々訴えられるような方策を作らんければならんのだろうなあ、と思う。モラルを高めることで男の性衝動を抑えるなんて土台無理だし。だからといって割礼的に男性の前頭葉をくりぬいちゃう訳にもいかないしねぇ。男は狼なのよ気をつけなさい、ってピンクレディーも歌ってるんだから、まあそういうものだと思って方策をこしらえるしかないと思う。いずれにしても性善説に基づいてルールを作るのはもう駄目。

 閑話休題

 今日は旧暦の正月二日。私は旧暦に初詣に行くことが多いのだけれど、別段中国の春節に与するわけでもなく、まあ云ってみれば半分洒落みたいなもので、この時期に初詣をすることで、ああ。江戸時代の人々はこのくらいの時期に初詣をしていたのだなあ。なんて思って一人悦に入っているだけのことなんでありんす。この時期になると暖かい日も散見されるようになって、なるほど”初春”という言葉が真に迫ってくる感じがしたりして面白い。我が国の気候状況には旧暦の方が色々とあっているような気がするけどね。

 閑話休題

 と、このくらいのことですらツイッターでなんか云ってくるような人があるからほんとマジ面倒な時代。旧暦というのは……気候というのは……とか、うるせぇっつんだよ。手前ぇで勝手になんか云ってる分にはいいけど、人に意見してくんな。恥を知れ、恥を。意見を述べるなんて基本的には恥知らずのやることなんだからそれを認識せずになんか云ってくんなばか。って云うとこんだ聞えよがしのエアリプでなんか云ってたりするんだ。馬鹿は隣の火事より怖いっていうがまったくだ。

 閑話休題

 つまり私は相当な恥知らずということですよ。

 閑話休題

 ではそんなことでお後がよろしいようで。ベイスターズのユニフォームを着たオバQがそこにいるというだけでもう僕は満足し切ってしまっていますよ。ファンとしての現住所はベイスターズだけど、本籍地はホエールズのままだから。


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2019年01月30日

サヨナラダケガ人生ダ

 部屋を片付けようと思った。今の住処に弾き越してきてからもうずいぶんになるが、その時に持ってきたもの、使うかどうかわからないがとりあえず押入れに突き込んでおけ、そう思って突き込んでおいたものをみんな出そうと思った。大したものはない。せいぜいあったところで着なくなったスエーターとかそんなものばかりだ。
 こういうとき、ちょっと気の利いた人ならばメルカリなんかに売って小金を儲けるのだろうが、あいにくと僕は体が大きく身長が3メートル47センチ、体重が368キログラムもある(真実)からなかなか売り飛ばすことができない。
 しかし僕は思う。物を片付けるに際して小金を儲けることなど考えないほうがいいのではないか。どんどん捨てたほうがいいと思う。断捨離というほど大袈裟ではないが、過去との決別、新たなる自分に向かってゴーイングするという意味において捨てるべきだと思う。そらあこれはエコな行為ではない。しかし時と場合によってはエコよりもエゴを優先すべきことがあると僕は思う。
 と、急にそんなことを云い出したのはなんのことはない、片付けを始めた途端、押入れの中からいろんなガラクタを出した途端、果たしてどうかたをつけたらいいのかわからなくなり、結果、部屋がいわゆるところの汚部屋のようになってしまったんである。さてどうしたらいい。みんな捨てればいいというけれど。さて、どうしたものか。いっそここに住もうか。この乱雑極まる汚部屋に座机を置いてそこで原稿を書くマネでもしたら坂口安吾みたいになるかな。桜の森の満開の下はとっても恐ろしいぞよ。

 閑話休題

 不図思ったけど、あのほれ、別段こちらは何も聞いていないのに「俺、全然テレビって見ないんだよなあ」とか云ってくるなんかスカしたみたいなよくわかんない人があるけれども、あと何年かしたら、こういう人々と同様に「私、全然SNSとかやらないんだよねー」なんて、スカした感じで云ってくるよくわかんない人が出てくるんだろうかねぇ。

 閑話休題

 SMAPからジャニーズのアイドルは積極的に解散しなくなったけど、あれやっぱり無理があるんじゃないのかなあ。アイドルの醍醐味って一瞬しかない青春というか思春期のひとときを共に過ごす、ってところにあるんじゃないのかしらん。モー娘。みたいにメンバーが入れ替わっていくんならまだなんとかなると思うけど。
 青春時代というか、思春期の終わりを実感できないというのもなかなか辛いもんだと思うけど、そういうもんでもないのかな。本来いつまでもそれは続かないものだからなあ。そうしてまた続かないから価値が生まれるんだと思うんだけど、そういうもんでもないのかなあ。ずーっと仲がいいなんてありえないしねぇ。
 コント55号みたいに解散はしないけど別々の道を進んでいく、みたいにすればいいんだろうけど、それだとジャニヲタの皆さんが嫌がるのかな。グループが存在している以上、グループでの活動をしないと嫌なのかなあ。

 閑話休題

 山口百恵が引退したときなんか、自分はまだ小学三年生かなんかだったけど、さよならコンサートをテレビで観たときには、一つの時代が終わっていく感じがすごくしたもんなあ。そうしてその直後に松田聖子がばーんと売れて、アイドルがまた違う時代に入っていくんだ。そういう区切りって必要だと思うけどね。そういう区切りがないと、時代が動く感じもしないから、世界がひどくのっぺりしたものになっちゃう。テレビの笑いが全て吉本興業になってから、テレビの笑いに変化がなくなったもの。時代と呼吸している感じがしなくなったもの。

 閑話休題

 話は変わりますが、近頃、主にハラスメント方面ですが、男性目線で意見を述べると、男女平等の意識が足りないと鋒鋩打たれますが、その一方で、昨今頓に、女性目線で恋愛や性愛の記事やそれを執筆するライターが増えてきたように思うのは、僕が男性だからこその被害妄想ですかね。”OLの経験を生かした女性視点からの恋愛コラムを多数執筆”、みたいなプロフィールが附記されているライターの書く記事って、基本、女性の視点しかなくて、まあ、内容的にハラスメントなものではないにせよ、なんかちょっと引っかかる。ananのセックス特集はエロではない、的な、なんとなく承服しかねる感じの。

 閑話休題

 もうインターネットについて考えるのは無駄だし意味がないかもしらんなあ。フォーマットとして利用するしかないなあ。まあ、風車に戦いを挑み続けるのも、いいのかな。よくわかんねぇや。

 閑話休題

 ではそんなことでお後がよろしいようで。ああそうそう『偽りの黒真珠』面白かったですよ。始まりは『オホーツクに消ゆ』で、途中から『ファミコン探偵倶楽部 消えた後継者』の感じになったね。当時のアドベンチャーゲームと比べるとメモリの制限がないから台詞の量が膨大で、ちょっと読むのに苦労した(ひらがなが90%だったからね)。逆説的にいえば、当時の、メモリ制限が厳しい中であれだけの印象的なストーリーを紡いでみせた堀井雄二の凄さを改めて知った感じもしたよ。



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posted by みやかけお at 17:29 | TrackBack(0) | 日記

2019年01月27日

噓吐きは泥棒の始まり

 さあやるぞとやる気を出した途端にダメになると云うのはやはり良くあることで、年明け早々に風邪が治った。さあやるぞとやる気を出した途端にまた風邪をひいた。ある朝、目が覚めたらとにかく体が重くて動かない。まるで鉛を背負っているようだ。瞼を開けているのすら辛くてままならない。体温計で体温を測ったら三七度五分もある。
 これはきっとインフルエンザだ。この世に生を受けて早四十有余年、ついに僕も生まれて初めてインフルエンザに罹患した。流行に乗って。なんて思っていたがそんなことを思っている場合ではない。いかなければならない予定をキャンセルするべく、いかなければならない予定の先に連絡を入れたら、ならばむしろ来るなと云われてちょっと寂しかった。行きつけの医療機関に連絡をしたら、症状が出てから二十四時間が経過していないと、たといインフルエンザの検査をしても陽性とは出ないから今日は大人しく世間から隔離されて明日くればいい。と云われたからまたちょっと寂しくなった。もっとみんな僕を心配して周章ててほしい。
 しかしそうしてするべき連絡を済ませたらなんだか体調が良くなってきた。ご飯が嫌に美味しい。昼過ぎに熱を測ったらもう三十六度八分に下がっている。体の辛さも徐々に抜けてきた。しかし僕の気持ちはインフルエンザに罹患したと思っているから当然病人らしくうーうー云いながら寝ている。鼻が詰まる。なんだかよく眠れない。しかし体調はどんどん良くなってくる。熱もどんどん下がってくる。晩御飯が普段より美味しい。それでも部屋からなるべく出ずに自ら進んで隔離をされていた。病人だし。夜はやはり鼻が詰まってあんまり眠れない。病人だし。そうしているうちにとうとう明くる日になった。寝不足感はあるがそんなに体調は悪くない。熱を測ったら三十六度一分しかない。体は妙に軽い。病人なのに。
 約束の通り、行きつけの医療機関に、病人だからと思って大枚を使いタクシーを誂えていちばんで行き、早速インフルエンザの検査をしてもらったら陰性と出て僕はすっかり仮病の人になってしまった。
 体調はすっかり良くなったが気分は晴れない。なにやら自分で自分にトラップを仕掛けて自らのやる気を削いだような格好だ。一月からこの有様では今年一年の惨状が今から予測される。どうせ今年も僕は何もできないのだろう。そんなことを思いながら呆然と日を過ごしている。体調はそこそこいい。鼻も詰まっていない。気分だけが病人のそれで、気持ちは寂しく世間から隔離されている。寂しい。

 閑話休題

 こうして寂しい寂しいと云っていれば優しくて素敵な女性が急に現れて心配してくれて声をかけてくれたりデートしてくれたりするのじゃないかと中学生の頃から思ってたまに人前で寂しがってみせるのだがそんな優しい女性が現れてなんかしてくれたことなど一度もないのだった。寂しい。

 閑話休題

 大坂なおみ選手を見ているとメジャーに初めて行った頃の野茂英雄をちょっと思い出す。とんでもないことをやってのけたのに、当人は湯船に浸かっているみたいな平気な顔をしている。周りはわあわあ騒いでいるのに、その騒ぎを起こしている当人は、その騒ぎを遠巻きに眺めている、そんな印象を受ける。でもあの大坂選手のいつもはにかんでいるような感じはとても可愛いね。可愛げがない奴はどんなに能力が高くても駄目。

 閑話休題

 なんというかまあ、嫌いな教師を追い込むために「暴力を振るうように仕向けてそれを動画で撮影してTwitterにアップして炎上させてやろう」なんて発想になるんだから、まあなんというか、これが時代なのかねぇ。仮にかつての横浜銀蝿華やかなりし頃、不良の全盛時代にSNSがあったら、やっぱりこういうことになってたのかねぇ。学校の窓ガラスを金属バットでバンバン割るのや、卒業式後のお礼参りをライブ配信したりしたのかねぇ。
 金八先生の第二シーズンのクライマックス、加藤優が荒谷二中に乗り込んでいって、学生運動の団交めいた騒動を起こしたあのドラマ史に残る場面も、SNSが絡んだ内容になったりしてたのかねぇ。加藤優が荒谷二中の教師を土下座させて謝らせる場面も、傍にいる沖田浩之がスマホで撮影、配信してたりするような内容になったりしたのかねぇ。仮にそうなったとしてもやっぱりBGMは中島みゆきの『世情』だろうけど。

 閑話休題

 これはもう幾たびも書いていることなのだが、YouTuberだとかライバーだとかTikTokだとかが見せる、ああいう、クラスの人気者が楽しくやってまーす。的な空間が小供の頃から苦手で、あんな連中のやることのどこが面白いんだ馬鹿野郎。とずっと思っていて、そういう連中の蔓延る日常世界から逃亡するためにインターネットでなんかやり始めたのに、いつの間にかインターネットもあいつらに占拠されてしまっていて、まじ不愉快。今度はどこへ逃げたらいいんだよ。なんであいつらいつもあんなに楽しそうなんだよ。もっと屈託しろ馬鹿野郎。

 閑話休題

 ではまあそんなことでお後がよろしいようで。大坂なおみ選手を日本人として認めていいのか、なんて云っている人がまだいるようだけれど、我が横浜DeNAベイスターズのラミレス監督が日本国籍を取得しましたので今年からラミちゃん日本人監督ですよ。でもそうなるとあの有能な通訳の人はどうなるんだろう。



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posted by みやかけお at 12:56 | TrackBack(0) | 日記