2018年10月22日

吉凶は糾える縄の如し。

 そうして僕は生まれてこの方初めて、ブロック後に即ブロック解除をして相互フォローを無かったことにするという随分なことを、よく知らない人からされたのだった。

 閑話休題

 なんだか知らないうちに世の中は動いてしまっていて、ボクシングの人やアマレスの人やアメフットの人が揃ってパワハラを働いた廉で世間から鋒鋩打たれたことなど世の中的にはすっかり過去のことになっているが、その早々に過去のこととなってしまった事実が僕には恐ろしく思える。話題の消費が激し過ぎる気がする。
 インターネットの世界では人が最上のコンテンツになるとテキストサイト全盛の頃からずっと思っていて、それを主題とした作品をいくつか作っていたりする僕ですが、愈々、世の中全体が人を最上のコンテンツとする時代に完全に入ってしまったのだろうなあという気がします。

 閑話休題

 聞けばジュリーはさいたまスーパーアリーナでの公演について当初から動員に不安を覚えていたというではないか。その話は又聞きだから本当かどうかはわからないままに発言するんだが、だとしたらさいたまスーパーアリーナでイケると判断した関係者が一番悪いんじゃないの。

 閑話休題

 ただ、ファン心理としたらあの日のさいたまスーパーアリーナに行っていたジュリーのファンは、ある種の勲章的にその日のことを記憶するだろうね。
 私だって独演会なのに立川談志家元が来ずに、志らく師なんかが繋いでいたあの日の中央会館(現在の銀座ブロッサム)のことはとても良い体験として記憶に残っている。終わる間際になって家元現れたよ。
 こういうことがあったときに本質的に意見を云えるのは木戸銭を払って現場に足を運んだ観客だけ。ニュースで知っただけなのに怪しからんとか偉そうに云ってる連中はみんなくるくるパーだ。
 あとジュリーの由来はジュリー・アンドリュースのファンだから氏のことをジュリーと渾名したんだよな確か。

 閑話休題

 RPGツクールはようやくシナリオを打ち込む段階まで来た。ゲームを作っているわけではなくて、ただただ自動実行されるばかりのシットコムを作っているので、果たしてちゃんと動作するかどうかよくわからない(ブラウザ上で実行するとメモリ不足なんかの不具合が出るケースがあると聞いているし)。それにシナリオ形式で何かを作るのが久しぶりだからシナリオの書き方も全然駄目になってて、ツクールに入力する段階でどんどん直しながら作っている。思えば昔はコメディタッチの刑事ドラマ動画とか作ってたんだけどな、声優の卵の皆さんに協力してもらってさ。まあなんにしても作るという行為はとても楽しいから、たといのんびりとでもやって行こう。どこかで私の作るものを楽しみにしてくれている人もいるだろうし。なにより私は私の作品のファンなのでね。

 閑話休題

 過日、電車に乗っていたら大塚家具の社長さんにそっくりな妙齢の女性が乗車してきたから僕はちょっと面白い気分になった。やっぱりこの人も大塚家具のお家騒動の時には”家具屋姫”とか云われて知り人からかわれたんだろうなあ、なんて思って。

 閑話休題

 しかしいまなにより嬉しいのはオバQ田代富雄が打撃コーチとして我がベイスターズに復帰するということを報道により知ったことで、いやほんと、あの頃オバQに酷い扱いをして出て行かざるを得ないようにしたTBSの連中は今からでも遅くないからまじ土下座しろばかやろう。俺の少年の日のヒーローをさんざっぱらコケにしやがって。

 閑話休題

 不図思う。金足農業の吉田君がプロ野球界に入り、前評判に違わぬ活躍を十五年も二十年も見せ続けたとして、果たして僕は彼の野球人生を全て見続けることができるのだろうかなあ、ということなんでありんす。
 あれは一年ほど前だったか『ヤングタウン土曜日』のラジオを聞いていたら明石家さんま師が、当時番組にレギュラー出演していたその頃十七歳の工藤遥嬢に対して「工藤の四十代は、まあ見れんやろなあ」と云っていたのを聞いて以来、どうもそういう考え方を僕もするようになってしまった。実際棺桶に片足突っ込んでるような現在でもあるしね。

 閑話休題

 という感じで自分が病に臥せっているみたいなことを匂わせて人の関心を呼ぼうとする人間ってほんと迷惑ですよね。風邪引いただけでもそういうこと云うのいるでしょう。病を世の中を渡る武器に使ってる不逞の輩って確実にいるからね。

 閑話休題

 僕はこのところ空いた時間には決まってニンテンドースイッチ『進め! キノピオ隊長』で遊んでいたのだが、いやほんとこれは面白いゲーム。年端の行かない子供でも遊べるパズルゲームだから難易度がそれほど高くはないのだけれど、それでいてしっかり頭を使わなければクリアできないように出来ていて本当にちょうどいい面白さ。かてて加えて任天堂のキャラクターの中では断然トップの感じでキノピオが好きだしね僕ぁ。
 それでも約七十面ほどある本編をクリアしておまけの面に入るとしっかり難しくなって、もう僕などの力では完全クリアをするのは到底不可能となるのだけれど、本編部分だけでも本当に面白いしよく出来ている。さすが任天堂。もっと高く評価されていいゲーム。

 閑話休題

 ではそんなことでお後がよろしいようで。グーグルアドセンスから八千円もらえるまで二年半くらいかかるよ僕の場合。いっそ俺もライバーになるかねって絶対ならねぇあんなもの。つーか人前に出られるような人間だと思ったことなど一度もないしね。成り行きで出たことは何度かあるけど、その度に後から落ち込んでばかりだったもの。




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2018年10月05日

こっちの水は甘いかね

 しかしまあ芸能人というのはそこが日の当たる場所だと認めるや何処へでも平気で出張ってくるよなあ。そら本田翼がYouTuberとしてゲーム実況をするというのならば、彼女のこれまでを思ってなんの違和感もない。けれども、そうした核となるものを持たない芸能人が、ただただ自らの知名度のみを頼りにYouTuberの世界に続々参入してきている、なんてな報道が耳目に触れるたんび、ほんとこいつら恥も外聞もなにもないんだな、世間の光が差し込んでくるところであれば何処へでも出てくるようなみっともない連中なんだなと強く思う。

 閑話休題

 そら私自身はYouTuberの存在というのは素人の変なノリを見ているときの気恥ずかしさを感じてしまってあんまり好きではないけれども、それでも今までにはないムーブメントが起こっているのだからそれはそれで面白い、こういうムーブメントが次々に現れることで時代は動き変わっていくんだろうと思って見ていた。けれども、そこへすでにテレビなど既存のマスコミで大変な知名度を誇る芸能人の人たちが入ってきた瞬間、それはムーブメントではなくなりテレビの再発明にしかならなくなる。時代の動きにブレーキがかかるから凄く嫌だ。

 閑話休題

 いまから十年ほど前だったか、真鍋かをりが”ブログの女王”などと云って持て囃された時も凄く嫌だった。お前ら芸能人は向こうの世界でちゃんと食えてるんだからわざわざこっちくんな、と強く思った。手前らが来たが最後、インターネットという我々の楽しい遊び場・空き地に作った秘密基地はあっという間に取り壊されてただの都会になっちまうじゃねぇか。そう危惧していたら案の定、その後すぐに雪崩を打つように芸能人がブログに参入してきて、それまでのインターネットに充満していた”ここにしかない空気”は、憐れあっという間に霧消した。ほんとまじふざけんな。こっちくんな馬鹿野郎。

 閑話休題

 と、そんなことを思ったり云ったりしたところで現実は事実であり正解なのだから、それが嫌ならそこから退場するしかないのもまた事実。嫌だけど仕方がない。粛々と時代を受け容れつつこうしてジジイの繰り言をするしか手がない。情けないがこれが現実だ。秘密基地であすんだ楽しい時間・時代があって、そこを生きたという記憶を大切にするしかないね。

 閑話休題

 さて話は本当に変わるが、いやあ面白いねぇ『まんぷく』。朝ドラにありがちな変に歯の浮くような”やさしいだけ”の空間がなくて、なんだか見ていて知らぬうちににこにこしてしまうようなドラマになっている。ストーリーの緩急のつけ方も見事。そうしてなにより安藤サクラの演技上手なこと、これはまじで化け物レベル。『カーネーション』とはまた違うタイプの傑作ができるのじゃないかという予感がくんくんに漂っている。

 閑話休題

 しかしその『まんぷく』の第一回が放送される前の晩、我が住処のテレビアンテナが台風の風によって顛倒したのであった。仕方がないから第一回の放送を見るためにNHKオンデマンドに加入、無料で配信されていたその放送を見たのだった。
 しかしこの顛倒事件によってもうテレビアンテナおよびテレビ放送がなくても平気かも知らんなあ、と強く思ったのだった。だってそんなに困らなかったから。でも本当に時代がそうなってテレビを必要としなくなったら、NHKはネットユーザーから受信料を取ろうとあらゆる手段を駆使してくるだろうね。どんな搦め手を使ってくるか寧ろ楽しみだ。

 閑話休題

 松坂世代が続々引退する、と聞くとなんだか九十年代が暮れていくような感慨に浸りがちだがそれは謝り、実際には、ゼロ年代を形作ったプロ野球選手たちが去って行くんである。気がつけば二十一世紀が歴史になりつつあるんである。気がつけば振り返って感慨に浸りたくなるような長い時間が経ったんである、世紀が改まってから。弱っちゃうよなあ時代の進みが早くなって。

 閑話休題

 しかしこれからは自転車で日本一周をすると間違いなく方々で職務質問をされることになるだろうね。

 閑話休題

 貴乃花が馳浩の元を訪れたという報道を聞き及んでまず思ったのは、いまのプロレスを相撲出身の人がやるのは無理だろうなあ、ということでありんす。オカダ・カズチカやら飯伏幸太やらケニー・オメガたちが展開する九十年代ジュニアを祖とする急峻な展開の試合を相撲出身がやるのは無理だろう、というか他の格闘技を経験していると逆に難しいのじゃないかとすら思う。そのくらいいまのプロレスは進化をしてしまっているように思う。我が国のプロレスの歴史は力道山から始まってるから、かつては相撲からくるレスラーばかりだったんだけどね。吾輩がガキの時分に見ていた頃の全日本プロレスなんて半分くらい相撲出身者だったよ。プリンス・トンガとか。ってまあ貴乃花は別にプロレス入りの相談をしに行ったわけではないだろうけど、相撲取り廃業→プロレスへ、が当たり前だった時代をずっと過ごしてしまったんでね。

 閑話休題

 嗚呼、いま気づいたけど、輪島が全日本プロレスに入った時ってまだ三九歳だったんだよなあ。すげえオッサンに見えたけどいまの貴乃花よりよほど若かったんだ。うーん、久しぶりに枕を相手にゴールデン・アーム・ボンバーの練習でもしようかね。

 閑話休題

 ではそんなことでお後がよろしいようで。スポーツ冒険家って憶えてますか。元横綱双羽黒が廃業後に名乗った職業だったんですがね。



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2018年09月28日

時代を見ながら背を向ける

 人から褒められるというのはやはり嬉しいもので、先日、僕は比較的新しい知り人にこのサイトのことを教えた。これまでサイトをやっていることを、ネット以外で知り合った人に話したことはなかった。なぜならいい思いをしたことが殆どなかったから(多くの場合は理解されず軽侮の空気が漂う)だ。しかしこの比較的新しい知り人は創作活動に勤しんでいると知れたから喜び勇んで教えた。
 その知り人は僕のサイトを見て「言葉でいろんな感情を表現する著述家ですね」と感心したように評してくれた。人から褒められるのはやはり嬉しいもので僕はとても嬉しくなったが同時に恥ずかしくもあったから気の利いた返事ができずにぼう、としてしまった。
 しかし褒められるのは、お釣りが来るほどのおっさんと成り果てた僕でもこんなに嬉しいんだら、みんなもっと人を褒めたらいいと思う。特に小供とかはぐんぐんに褒めたらいいと思う。褒められりゃみんな嬉しくなってどんどんやるよ。

 閑話休題

 「著述家」ってのは褒めてるよね。あんまり罵倒の時に使う言葉じゃないものね。「やーい、お前の母ちゃん著述家ぁー」とは言わないものね。

 閑話休題

 その比較的新しい知り人の創作ジャンルは音楽のそれなのだが、その作品は玄人はだしというかまじ玄人のレベルだったので大にびびった。

 閑話休題

 話はまじで変わるが先日公開されたMac OSの最新バージョンであるMojave。早速愛用のMac mini2014にアップデートをかけようと、App Storeからダウンロードをしてインストールを開始したら残り五十三分のところですっかり止まってしまった。不安いっぱいの心境で祈るようにして画面を見つめていたのだが、三十分以上そのまま何らの動きもない。
 普段は万事鈍間なのに変なところで気が短い私は、遠く亜墨利加はクパチーノに向かって呪詛の言葉を吐きつつ立てた中指でそのまま電源ボタンを長押し、強制再起動を試みた。するとどうだ、程なく黒の画面にエラーが起きたことを示す文言が表示されるいわゆるカーネルパニックの状態になってしまった。
 負けるもんかと再度強制再起動を試みるが状況は同じ。「同じことを繰り返して違う結果を期待することを狂気という」という、えーと誰が云ったんだっけかこの言葉は、タイガー・ジェット・シンだったかな、ってあれは狂気じゃなくてインドの狂虎か。まあ誰でもいいや、とにかく私はそういう真理を言葉で知っているからすぐに強制再起動を諦めて、リカバリーモードで起動した。
 よかった。リカバリーモードはちゃんと起動したからそこで起動ディスクを検査したところ問題は見つからず、そうだこうなったらバックアップから復元するよりもクリーンインストールをしようと思ってそうした。
 果たせるかな、クリーンインストールは無事に終了し見事私のMac mini2014は最新のOSを纏うこととなったのだった。

 閑話休題

 OSをアップデートする際はクリーンインストールの方が断然いいというのは、頭ではわかっていてもその後、環境を再現するのが面倒でつい上書きアップデートを選んでしまう。パソコンを使い始めて三十余年、思い返せば環境を再現するための苦労をどれほどしてきただろう。アプリケーションのインストールとアクティベート、ブラウザのブックマークの再現、環境設定の再現などなど膨大な作業が待っていてどうかすれば一日がところ平気でかかってしまう。そうしてまた、パッケージで購入したアプリケーションに封入されている登録コードを紛失していてそのアプリケーションが使えなくなったりする。
 と、思っていた。そういうものだと思い込んでいた。思い込むことで思考停止していた。
 それがどうだ、いまや気がつけばアプリケーションはApp Storeをはじめとしてネットからダウンロードするのが当たり前。アクティベートはApp Storeのアプリケーションならダウンロードのみでそのまま使え、外部から購入したアプリケーションも全てネットで購入したものだから、再度ダウンロードしたのち、購入時にメールにて送信され保管された登録コードなどを入力すれば簡単に使える。ブラウザのブックマークはクラウド上に保管されたものを参照し自動で復元される。環境設定も昔ほど複雑なものはなくinitやcdevを弄っていたのは遠い昔、バックアップの設定すらTime Machine用のディスクを接続すれば勝手にやってくれる。
 結果として三時間もかからずに以前とほぼ変わらぬ環境を再構築することができた。おまけにクリーンインストールをしたから永らく使っていなかったアプリケーションやゴミ箱に入れっぱなしのデータ、不要なダウンロードしたデータなどが綺麗さっぱり消えたからMac自体の動作がキビキビするという嬉しい結果となった。
 失敗は成功のマザー。といえば長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督にして嘗てミスターサンヨーだった人が云った有名な言葉だが、その通り、今回私は失敗から大いに学んだ。かつてあれほど苦しめられたクリーンインストールと環境の再構築も、いまや鼻歌交じりで出来るようになっていた。如此く時代は知らぬ間に進んでいる。進んで行ってしまっている。そうしているうちにやがて時代についてゆけなくなるのだろう。まあその時はまた失敗という成功のマザーを頼ればいいか。いいやな。それでいいや。

 閑話休題

 ああそうそう、いま上のトピックで「思考停止」と書いて思い出したけど、あのー、ネット発祥の言葉、いわゆるネットスラングってのはさあ、気を付けないと思考停止のための言葉になっちゃうよね。なんてのかな、定義づけがやがて決めつけになりついには思考停止に至るというか。たといば誰かが「あの連中は要するに”アンチ”なんだよ」と定義づける。するとそれを読んだ少し足らない人が「そうか批判者をアンチと呼べばいいんだ」と思って批判する人を見つけると”アンチ”と決めつける。するとそれを読んださらに足らない人が「そうかあいつらはアンチなんだからそう思って無視すればいいんだ」とついに批判の中身に思いを巡らすことなく思考停止してしまう。そういう効能を強く持つのがネットスラングと思う。

 閑話休題

 まあそういうわけでお後がよろしいようで。時代は進んでいますが私は何も進んでいません。相も変わらずホームページを運営しています。十年一日とはこのことでしょうかね。まあいいか。まあいいやね。好きでやってることだ、時代のことなんか知ったことか。



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