2018年06月27日

花に嵐のたとえもあるさ

 うーん、やっぱりあれだろうなあ、ネットウォッチ、というものは早晩、その存在自体がなくなるのだろうなあ。ネットウォッチってのはネットでしか見られぬ無名ながらも面白い人々を観察するものだったと思うけれども、これだけネットが浸透してしまうと、もうそういう、ネットの特殊性に特化した面白い人が出てくるとは思えんのだよなあ(そらあ狭い範囲では出てくるだろうけど……)。
 それに、今やネットで有名になり確固たる地位を獲得するというのは普通の有名人と変わらぬ状況だし、そうなると最早ネットウォッチ的な面白さはなくなっちゃうン。
 なんというか、あの頃のネットにあったものが少しずつ消えてゆくね。

 閑話休題

 うーん、でもあれかあ、これだけSNSが発達すると、世の中全体がネットウォッチ的になっているとも云えなくも無いのか。SNSを少し閲するだけでも次から次へとばか者が炙り出されてくるものなあ。探していなくともどんどんばか者がバカみたいなことをやるんだものなあ。そうなると、娯楽というか面白いものとしてのネットウォッチっていうのは自然、なくなるわな。

 閑話休題

 しかしこういうことを考えていると、本当に時代が変わるのが早いなあ。なんて思ってしまいがちだけれども、私なんかが常々思ったり云ったりしている、ネットが桃源郷だった頃ってもう十五年以上も前の話なんだよな。ヤフーが街角でADSLのモデム配ってた頃の話だもの。不肖私めが『十億アクセスの彼方に』を作ったのだってもう十四年も前の話だもの。あの頃中坊だった連中がいまやアラサーだ。年間262本もヒットを打っていたイチローがいまや半引退状態だ。
 いま自分の肌感覚で捉えている時代の空気、それはもう何年も遅れているものだと思っていないと、どんどん時代に取り残される。

 閑話休題

 若いというか小供だった頃、大人ってどうしてアイドルの名前とか知らないんだろう、知らないことに対して不安になったりしないのかなあ。と不思議に思っていたものだけれど、いざ自分が大人になってみると、別段、知らなくっても困らないのね。AKBの選挙で上位をしめた人の名前や顔が全然わからなくっても全く不安なんか感じないのね。だってもっと面白いもの素晴らしいものをたくさん知ってるんだもの。大人っていいよね。

 閑話休題

 ああ。スーパー・ストロング・マシンも引退したし、ビッグバン・ベイダーも死んじゃったなあ。
 マシンがまだマシン1号だった頃、両国国技館での藤波辰巳との一騎打ちを観たよなあ。藤波が永年封印してきたドラゴン・スープレックスを解禁した日でなあ。ついこないだのことだと思っていたのにあれからもう三十三年も経っているじゃないか。あの頃生まれた赤ちゃんがもう綾瀬はるかになっているじゃないか。どうなってるんだ。お前は平田だろう。ゴー・マシン・ゴー。
 ベイダーがたけしブロレス軍団の刺客として両国国技館に登場、不透明な展開に国技館で暴動が起きたのだってもう三十一年も前の話だ。ベイダーとソ連(当時まだソビエト連邦があったんだよな……)のアマレスチャンピオンだったサルマン・ハシミコフとの一騎打ちを観に行ったなあ。負けたハシミコフが泣きそうになりながら花道を走って去って行ってなあ。
 なんかあれだよ、ずっと観ていた人が引退したり死んだりすること、それ自体ももちろん寂しいんだけど、上に挙げたような自分の体験・記憶が、現実との繋がりを失ってしまう感じがするから余計に寂しいのかもしらんなあ。

 閑話休題

 ではそんなことでお後がよろしいようで。まあほんと、我がベイスターズも糞詰まりみたいなゲームが続いているけれども、そんな中でもしっかり選手層が厚くなりつつあるのは存分に感じるから、来年以降はすごくよくなるんだろうと思う。いまのカープみたいになるんだろうと思う。思い返せばゼロ年代なんて、ただでさえ記録的なペースで負け続けているのに未来への展望も全然見えてこないという地獄だったからなあ。




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posted by みやかけお at 08:42 | TrackBack(0) | 日記
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