2018年06月25日

こーこはどーこの多元宇宙じゃ

 しかしあれだなあ、古くからネットをやっている人間ほど、いまやネットとリアルは陸続きになった、って一層強く思っておかないといけないのだろうなあ。ネットとリアルが隔絶されていた頃、ネットの空間には、リアル世界では感じられない桃源郷めいた居心地の良さがあったから、どうしてもその甘美な記憶が抜けきらない部分があるものね。
 リアルの世界で基地外を見かけたらなるべく近寄らない&警察など然るべき組織や機関に相談・通報するのが常道であるように、いまやネットの世界でも基地外を見かけたらなるべく近寄らず、然るべき組織や機関に相談・通報するのが常道となったのではなかろうかね。世知辛いというか、嫌なネット世界になったと暗澹たる心持ちになるけれども、こればかりは仕方がない。
 ネットが皆に行き渡り、SNSという自意識・自己愛を肥大させる装置が手に入ったのだから、それ様にいろんなことが起きてくる。現状、皆、手に入れたばかりのこの装置をどう取り扱っていいかよく分かっていないままに使っている、みたいな過渡期にあるんだろうね。

 閑話休題

 話はすっかり変わるけれど、そうだよなあ、大抵の男は木南晴夏嬢のことが好きだと僕は思うなあ。ああいう自然体というのか、浮ついたところのなさそうな、いつも変わらずそこにいてくれる感じ、というのか、そういう感じの女性のことが大抵の男は好きなのじゃないかしらん。麻生久美子嬢なんかにもそういう感じがあるよね。で、そうした自然体女性の頂きにいるのがの樹木希林氏だという気がするン。

 閑話休題

 そらまあ玉木宏氏と木南晴夏嬢が結婚するっていうんなら、御両人ともテレビなどで見知っているからニュース・ヴァリュウがあると思うけれど、近頃、モデルの誰それと誰それが結婚した、みたいな、夫婦どちらの名前を聞いても誰だか判然としない、みたいな人たちが結婚や婚約したというニュースが、ニュース系のアプリなどを眺めていると飛び込んでくることがあって、こういうのを見るたびに、これは間違った情報社会だよなあ、と思う。どこかで時間の軸がずれて、本来繋がるべくもない別の多元宇宙に繋がってしまったのじゃないか、という気がしちゃうン。

 閑話休題

 多元宇宙といえば、この十年ほど、ごく偶にではあるが秋葉原に足を運ぶたび、この街はどこかのタイミングで別の宇宙に接続されてしまったんだろうな、と思ってしまう。
 八十年代後半から九十年代半ば、即ち世界に冠たる電気街だった秋葉原を存分に過ごした身からすると、石丸電気もラオックスもミナミ電気館もヤマギワも廣瀬無線も、すっかりなくなってしまうなんて、とても考えられない。絶対どこかで時間軸が別の宇宙に繋がってしまったに決まっている。だから僕は、未だ、世界に冠たる電気街のままの秋葉原が存在する別の宇宙がどこかにあると睨んでいる。
 だってさあ、平日の午前中に会社員の皆さんが普通にスーツ着て仕事の感じでたくさんいる秋葉原なんてどう考えても変じゃん。平日午前中の秋葉原なんて、ひと気があんまりなくて、人生の行き場を失った人々の吹き溜まりみたいだったでしょうよ。それを思うとやっぱり幾ら何でも変わりすぎだって。あり得ないあり得ない。

 閑話休題

 ううむ。『マリオテニス』を買ったから試しにネットトーナメントに参戦してみたらいきなりぼこぼこにされてとても悲しかった。これが『マリオカート』だったら八人だか十二人だかで競争するからまあネット対戦で負けても敗残のショックはさほどないのだけれど(レース中の順位変動が大きいしネ)、『マリオテニス』は一騎打ちだからぼこぼこにされるとまじへこむ。まあ任天堂のゲームだから、繰り返しあすぶことで自分が上達している感、を強く覚えられるから、あすんでいて楽しいんだけども、いやあ、それにしたって、誰の目にも中年と映るような年恰好になって、ここまでの敗残の心持ち、何もでききない惨めさ、手も足も出ない情けなさ、を味わうとは思ってもみなかった。
 やっぱりゲームであすぶってのは、いろんな意味で面白いや。

 閑話休題

 ではそんなことでお後がよろしいようで。『マンチェスター・バイ・ザ・シー』とてもいい映画でした。



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posted by みやかけお at 10:50 | TrackBack(0) | 日記
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