2018年07月17日

好きな時代を行ったり来たり

 もうその話題の旬は終わったようだけれども、えーと、あのほら『さよなら、おっさん社会』なんという、ばかみたいなフレーズが大書された電車の中吊り広告があったでしょう。あれを目にするたんび、僕は「ゼロ年代的だなあ。前時代的なあ。あっ。そうか。考えてみりゃゼロ年代って、もうずいぶん昔の話なんだよなあ」と思い、六本木ヒルズがITの総本山、みたいに思われていた頃を思い出してなんだかくらくらしておりました。
 あの頃の感覚を”巨人対DeNA”と表記されて微塵の違和感も抱かなくなった二〇一八年になって尚、大々的に広告展開する時代錯誤っぷりに僕はくらくらとしたのです。電車の中で。いやほんと倒れなくてよかった。
 その広告主はそれだけでは飽き足らなかったのか、件の広告の少し後にはホリエモン氏を、まるで『アプレンティス』の時のドナルド・トランプ氏のように取り扱うかのような広告も電車の中で展開していたりして、これまたゼロ年代だなあ、と、くらくらしました。ただでさえ暑い今年だってのに。
 然しまあ、いつの時代にもこういう「新しぶりっ子」をする古い奴ってのぁいるもんでさぁね。

 閑話休題

 やはりこの、僕なぞは「ぶりっ子」と見聞きするたんびにどうしても山田邦子氏のことが思い起こされるのですが今や若い人に山田邦子のなんたるかを説明するだけでも時間がかかるので大変です。かわい子ぶりっ子ぶるぶるぶりっ子。おもてなし、裏があってもおもてなし。右手をご覧ください一番高いのが中指でございます。

 閑話休題

 然しあれですよ、テレビのワイドショウなどでコメンテーターと称する電波芸者のみなさんが、あらゆる事象・話題について意見を述べているのを見るにつけ、うーむ、何だか全ての話題が同じ地平にあるように錯覚しそうになるなあ、と思うのであります。政治も芸能も兇悪犯罪も天変地異も、もう何もかもが同じ地平にある話題だと錯覚しそうになります。本来ならば、全ての話題には相応の見識を持った専門家がいるはずなのに、そうした人々の意見を聞くことはほとんどなく、同じ面子のコメンテーターの皆さんの意見をあらゆる話題において聞くばかりで、全ての話題が同じ地平にあるように思えてしまってなりません。
 そうしているうちに、ネットニュース全盛の時代となった昨今、到頭テレビに出ている人が全てフラットに取り扱われるようになったような気がしてなりません。政治評論家もジャーナリストも元スボーツ選手も役者もバラエティタレントも落語家もニュースキャスターも、全てコメンテーターとして同じ地平にいる、そんな取り扱いを受けるようになったように感じます。うーん、うまく伝わるかなあこの感覚。
 たといば立川志らく師がワイドショウで何某かの話題に関して発言をした場合、それは落語家としての見識からの発言であると捉えるべきと私なぞは思うのですが、数多のネット・メディアの取り上げ方は、志らく師の個性や専門などは脇に置かれ、テレビに出ている志らくなる者が、あの事件についてワイドショウでこんなことを云った、という視点でしか取り上げぬのですね。そうして、そのニュースを読んだ人々がSNSで志らくなる者はけしからん、みたいなことを云っていて、うーん、何だこれ。と、私なぞは思うのであります。テレビに出ている人はみんなテレビに出ている人以外の何物でもない、みたいな感覚がここにきて益々強くなってきたように感じますよ。

 閑話休題

 然しあれですよ、Yahoo!ニュースとかってさ、テレビ・ラジオで有名人がこんなことを云っていた、ていうのをニュースとしてたくさん流しているけれども、あんなのニュースでも何でもないよなあ。それってお前がテレビやラジオで見聞きしたことをそのまま書いてるだけじゃんか。放送の剽窃じゃんか。と思うんだよなあ。まあ、番組を作る側からしたら宣伝にもなってるんだろうけど、こんなものニュースでもなんでもねぇじゃねぇか。と思っちゃうン。

 閑話休題

 然しあれですかね、昨今の猛暑・酷暑ぶりからすると、小学校のプールの時間で、体が冷えてしまって唇が紫になって震えている生徒さんとかってもういないんでしょうかねやっぱり。プールの時間で熱中症、てな話題を聞くくらいだから、やっぱりいないんでしょうなあ。私がガキの頃なんて、曇りの日に遊園地の屋外プールに行くと、うわなんだ今日は外よりも水の中にいる方が暖かいじゃんか、みたいな日があったものね。三十数年前の関東南部の話でござんす。

 閑話休題

 ではそんなことでお後がよろしいようで。プライムデーって逆になに買っていいんだかわかんなくなりますね。やはり買い物の上手においては女性には全く敵いませんや。


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2018年07月13日

人を呪わば穴二つ

 文芸家たらんとする中学生は、須らく数学を学ぶ事勤勉なるべし。然らずんばその頭脳常に理路を辿る事迂にして、到底一人前の文芸家にならざるものと覚悟せよ。

 閑話休題

 ということをかの芥川龍之介大人は仰っておるのですが、流石だなあ、なるほどそうだよなあ。作劇というのは論理以外の何物でもないよなあ、足し算引き算以外の何物でもないよなあ、と思いますです。
 しつこいようで恐縮ですが『半分、青い』のあらゆる面での論理破綻を見ているとそんな気にさせられます。ご都合主義で人を出し入れするというのは本当にダメですね。行動にはやはり理由と理屈がないとダメですね。メインキャストの性格が破綻しているのも本当にダメですね。主人公の成長が何もないのもダメですね。発言もめちゃくちゃだし。登場人物だって物語世界の中で実際に生きている人間だということが全然表現できていなくてダメですね。他人を揶揄する酷い言葉を早いテンポで云えばコメディ場面になると思っているところもダメですね。
 然し乍ら、まるで作劇の”べからず集”を見ているようで逆に勉強になります。

 閑話休題

 そうは云っても同作品に出ている滝藤賢一氏や斎藤工氏や嶋田久作氏やキムラ緑子氏など手練れの皆さんが出ている場面では、その演技に見るべき部分が沢山あって、成る程、巧い役者さんというのは凄いものだなあ、と思わされます。逆に云えば、主人公が経験を積んだ女優さんであったなればもう少し観られる内容になっていたかもしれません。然し乍ら、現時点では実力よりも将来性の方が優っている永野芽郁ちゃんにはちょっときついですよね。ましてこの内容で五十代まで演じさせるのは可哀想以外の何物でもないよね。

 閑話休題

 考えてみれば、九十年代を席巻したトレンディ・ドラマというのは内容よりもキャスティングが重要視されていたと聞きます(キャストが決まってから内容が検討されると聞いたことがあります)。してみると、ほぼそのジャンルのみで一家を成した今作品の脚本家さんが作りそうなドラマ、という気も致します。なにがミートゥだ。
 そらあリアリティ皆無みたいな浮ついたセリフでも、美男美女を極めたような見目麗しさ、更に相応の技術を持った役者さんが演じれば、それは脚本のポテンシャルを大きく超えて成立しますものね。それがトレンディ・ドラマだったということなんでしょう。

 閑話休題

 そういや先頃も同番組の中で「出た! アラビア語に聞こえる岐阜弁!」というナレーションが入ったから、私ァてっきり作品の中で度々使われてきたルーティーンのギャグなのかと思ったら、アラビア語云々というのは初めて出たフレーズなんだそうで、いやはやびっくらこきましたよ。
 まず岐阜弁がアラビア語に似てる、というイメージが世の中に浸透していませんし、またそうした方言を「アラビア語に似ている」というギャグとして使うための仕込みもしていないというのですからまじ驚きです。いやはや、勉強になるわあ。

 閑話休題
 
 いやいや、どうもすみませんでした。もう『半分、青い』については書きませんので平にご容赦を。何かに対する罵倒なんて、書いている・云っている当人は面白くっても、読む方・聞く方は、不愉快になるばかりで、てんで面白くありませんものね。重ねてどうもすみませんでした。でもあれですよ、御用とお急ぎでなければ、いちど、ご覧になられるといいと思いますよ。理論の欠落したドラマの進行というのはなんと歯がゆいものか、と思うこと請け合いですから。こないだのあれどうなったんだよ! 自分が働く店に客として来た弟を忙しいからってすぐにレジ打ちなんかやらせる阿呆がいるかよここは無法地帯か! みたいな苛立ちを、ネ。

 閑話休題

 ではそんなことでお後がよろしいようで。人を呪わば穴二つ。肝に命じて生きてゆきたいですね。

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2018年07月08日

笑えるうちが花

 あれは九十年代初頭だったか、新宿駅西口の、小田急百貨店と小田急ハルクをつなぐ陸橋の下、雨のかからないところで、オウム真理教の信者の人たちが踊っているのを見たことがあったっけ。踊っていた皆さんが揃って『宇宙戦艦ヤマト』の乗組員みたいな装束を身に纏ってくるくる舞っていたっけ。確かオウム真理教って書いてある立て看板みたいなのを脇に置いていたような記憶がある。まだあの頃は、変わった集団があるなあ、ぐらいの認識だったんだよなあ。

 閑話休題

 いま調べたらあれは平成四年、一九九二年、大川興業が当時得意にしていた時事ネタアカペラ『ウィーン伝道こけし合唱団』のライブを日本青年館に観に行った時にも、オウム真理教のネタをやっていたっけ。
 仮面ライダーのメロディーに乗せて”せまるー ショッコー オウムのぐーんだーん”、”ショーコー ジャンプ!(浮いたぞ!、の合いの手) ショーコー キーック! あーさはらしょーこー あーさはらしょーこー 義太夫ー 蛾次郎ー” なんてメンバーがアカペラで歌唱した後、麻原彰晃氏の扮装をしたグレート義太夫氏が舞台にせり上がってきたんだよなあ。笑ったなあ。そうしてその後、江頭2:50氏を始めとする大川興業のメンバーが、いわゆるところの空中浮遊をやりながら舞台の上で競馬さながらの競争をする、みたいなパートの構成だったと記憶している。
 ほんと、まだあの頃はみんな結構面白がっていたんだよなあ。

 閑話休題

 ごく私的に、九十年代を通して最高に面白かったバラエティ番組と思っている『浅草橋ヤング洋品店』の中で、一つの到達点となった企画『江頭グランブルー』も、いわゆるところの水中クンバカだものねぇ。
 しかしあの『江頭グランブルー』は素晴らしかったよなあ。コーナーの大団円では爆笑と感泣が同時に到来するという、あり得るはずのない状況が視聴者に訪れたんだよ。腹をよじって爆笑しながら深い感激に大泣きして観ていた。

 閑話休題

 そうそう、オウム真理教の兇悪が明らかとなった後、オウム真理教がそれ以前に起こした坂本弁護士一家殺害事件について、TBSが坂本弁護士に対して行ったインタビューを、放送前にオウム側に見せてしまったことが事件の引鉄となった、ということがあった。それが明らかになった時、看板番組の『ニュース23』で、アンカーマンだった筑紫哲也氏が「報道のTBSは死にました」てなことを同番組内で云い、それ以降、TBSはいわゆるワイドショウを全て廃止して『はなまるマーケット』なんかの生活情報番組を始めたんだよな。それから数年が経ち、TBSが再び昼間のワイドショウを始めた時には、おいおいいいのかよ、と思った憶えがある。というか、いまでもたまに、おいおいいいのかよ、って思う時がある。

 閑話休題

 まああれですよ、始まりはそんなに悪逆無道な集団に見えなかっただけに、あそこまで行っちゃうのか、って、余計に恐ろしい印象だったよね。しかしあの頃の上祐ギャルとかって今頃どうしてんのかねぇ。

 閑話休題

 話はまじで変わりますが、いやあ、あんまりすごかったんでつい『半分、青い』をBSで一週間分、続けて見たのですが、いやあ、これはまじすごい。キャラクターの造形からセリフからストーリーの運びから、いやもうとにかく何もかもいい加減で雑で上調子な感じがして、いやあ、すごい。人の配置や動きもいわゆる御都合主義を平気でやっているし。これはもう反面教師というレベルを遥かに超えていて、まじすごい。ドラマ全体に、脚本家さんの「こういうスイッチを押せば見る人は感動するんだよね?」的な、観る人を完全に舐めている感じが横溢していて、ほんとすごい。コメディチックな場面でもその感覚は遺憾無く発揮されていて「顔がでかいからモアイ像と呼ぶ」的な幼稚なレベルで全ての笑いが作られていて、いやあ、まじすごい。これを朝ドラの枠で放送しているのは一つの奇跡だと思う。いやあすごい。多分、脚本家さんは作っていてすごく楽しいんだろうと思う。

 閑話休題

 永野芽郁ちゃん、可愛らしくって無垢な感じがあっていずれ素敵な女優さんになりそうだから、今回の、ものすごい朝ドラに主演したことで、女優として不必要な遠回りをさせられなければいいよなあ、と思う。『純と愛』に主演した夏菜嬢が不必要な遠回りを未だにさせられているのと同じことにならなければいいと芯から思う。

 閑話休題

 お相撲だとか高校野球の為に『カーネーション』の再放送が今月三十日までないというから残念で、そういうわけだからKindle unlimitedで見つけた同作品のノベライズを読み始めた。ドラマの場面を忠実に追い、放送の中で印象的だった台詞を絶妙に配置してあるから、読んでいて場面が脳内で明瞭に再生されて面白い。
 そうして不図、ああ、そうか。江戸や明治の頃、歌舞伎の戯曲がよく売れていたというのはこういうことなのだろうなあ、と思った。ヴィデオもレコードもない時代、観劇した芝居を再度観劇する以外で、もう一度見直す方法がこれしかなかったんだろう、と思った。確かに、一度観た芝居や映画やドラマの戯曲やシナリオ本を読んでいると、その場面がパッと頭に再生されるものね。

 閑話休題

 話は再び変わりますが、借金がために馘首になった千葉ロッテマリーンズの大嶺翔太元選手や、やはり借金に困り、同僚の有名選手が使用する用具を多数盗んで売り飛ばしたことが発覚してこれまた馘首になった読売巨人軍の柿沢元選手などの話題を聞き及ぶにつけ、うーん、プロ野球というジャンル自体が下り坂にあるんだろうなあ、という思いがどうしてもしてしまいますな。なんというか、下り坂なところには下り坂に向かいやすい人が集まって来ちゃうんだよねぇ。

 閑話休題

 ではそんなことでお後がよろしいようで。皆さん、どうかご無事で。



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posted by みやかけお at 09:52 | TrackBack(0) | 日記